
なぜ期末フィードバックは心理的安全性を壊しやすいのか ―マネジャーの問題にしないために、人事が向き合うべき構造
「期末面談になると、現場が硬直する」
「心理的安全性の重要性は伝えているのに、評価の場面では機能しない」
人事として、こうした違和感を覚えたことはないでしょうか。
多くの場合、その原因は、「マネジャーのスキル不足」「経験値の差」として整理されがちです。
しかし、期末フィードバックで心理的安全性が崩れる現象は、個人の問題として片づけられるものではありません。
それは、組織がどんな前提で“評価”と“人の成長”を設計しているか、その構造が、最も露わになる瞬間だからです。
心理的安全性は「マネジャーの姿勢」で決まるのか?
心理的安全性のある関わりができるマネジャーと、そうでないマネジャー。この差を
「向いている・向いていない」で説明してしまうのは簡単です。
しかし現場をよく見ると、多くのマネジャーは壊そうとして壊しているわけではありません。
むしろ、
「評価をきちんと説明しなければならない」
「公平性を担保しなければならない」
という組織からの期待に、忠実に応えようとしています。
その結果として、心理的安全性が置き去りにされていることがあります。
構造① 評価と育成が“意識レベル”で分離されていない
多くの企業では、制度上は「評価」と「育成」を分けて語ります。
しかし思想のレベルでは、次のような前提が混在していないでしょうか。
評価は管理のためのもの
育成は現場やマネジャーの役割
人事は制度を整え、運用は任せる
この前提のまま期末を迎えると、面談はどうしても管理色の強い場になります。
マネジャーが「まず評価を説明しなければならない人」になるのは、自然な帰結です。
構造② マネジャーの役割期待が、意図的に決められていない
人事としてマネジャーに期待している役割は何でしょうか。
・成果責任者
・メンバー育成者
・評価者
・組織文化の担い手
多くの組織では、これらすべてを“当然の役割”として期待しています。
しかし、どこに重心を置くのかは明確にされていない、というような状態で期末を迎えると、マネジャーは最も“失敗が許されにくい役割”、つまり「評価者」として振る舞います。
結果として、フィードバックは一方的な説明になり、対話は起きにくくなります。
構造③ 心理的安全性が「スキル」や「心がけ」で止まっている
心理的安全性は、多くの場合、
・研修で学ぶもの
・意識すべき姿勢
・大切な価値観
として扱われます。
しかし、それができなくても組織が回ってしまう構造のままでは、現場で優先されることはありません。
文化とは、「できないと困る状態」があって初めて根づきます。
心理的安全性が“あった方がいいもの”に留まっている限り、期末のような緊張場面では後回しにされます。
人事が向き合うべきは「施策」ではなく「前提設計」
ここまで見てきた3つの構造は、いずれも個別施策では解決しません。
人事が向き合うべきなのは、次のような前提の設計です。
この期末面談は、何のための場なのか
マネジャーは、どの役割を最優先するのか
評価と育成は、どんな思想でつながっているのか
これらが言語化されていない限り、マネジャーに「育てるフィードバック」を求めるのは酷です。
期末フィードバックは、組織の“人に対する態度”が表れる
心理的安全性を育てるフィードバックは、マネジャー個人の努力だけで実現できるものではありません。
それができなくても組織が回ってしまう構造のままでは、現場で優先されないのは、ある意味当然です。
だからこそ人事が向き合うべきなのは、「もっと頑張ってもらう」ことではなく、マネジャーが対話に踏み出しやすくなる前提や環境をどう整えるか、という問いなのだと思います。
期末のフィードバックは、現場を評価する場であると同時に、人事自身が、組織の設計を振り返る機会でもあります。
「この構造のままで、私たちはマネジャーに何を期待しているのか」
そんな問いを持つこと自体が、心理的安全性を“現場任せにしない”最初の一歩になるはずです。






