安全文化「定性診断」のススメ  ~「定量診断」の弱みを乗り越えるには?~

私達は正論や理想論について問われると、決して意図的な嘘をついているわけではなくとも、「建前としての判断基準」や「一時的な判断基準」に基づいて解答することが多い。安全文化は「建前」によって決定されるわけではない。実際の「本音」によって形成される。定量診断の弱みをカバーする定性診断をお勧めする。

「安全文化」や「組織文化」の実態を把握するために、Web画面やアンケート紙に記載された質問項目への回答をデータにして診断を実施している企業は多い(定量診断)。これらの診断は、その結果を上手に「分析」して、「対策立案」→「実施」→「改善・検証活動」を確実に行えば、成果に繋げることができる有効なものだ。しかし、そのアンケート結果は、必ずしも現場の人々の判断基準を正確に反映しているとは言えないケースも発生する。

例えば、「車を運転するときに安全第一で運転していますか?」と問われたら、あなたはどのように回答するだろうか? 多くの人は、「そんなこと当たり前。当然、安全第一だ」と回答するだろう。
しかし、「本当に、いついかなるときでも、安全第一運転ですか?」「例えば、絶対遅れることができない用事に間に合わない可能性があるときは?」…などと、段々と深掘り質問をされていくと、「いや、必ずしも安全第一ではない場合もあるかも…」と回答が変わってくる可能性もある。

このように、私達は正論や理想論について問われると、決して意図的な嘘をついているわけではなくとも、「建前としての判断基準」や「一時的な判断基準」に基づいて解答することが多い(これを信奉理論「espoused theory」=建前による回答、と呼ぶ)。この点に、定量診断による回答結果の弱点がある。もちろん個人差があるので、物事を日頃から掘下げて考える習慣がある人は、「う~ん、自分はいついかなるときにも、本当に安全第一を判断の拠り所にしていると言えるだろうか?」と深く内省して、実際に自分が現場で使っている判断基準(これを使用理論「theory in use」と呼ぶ)に気づく人もいるだろう。

このような、現場で働く個々人による「内省する→自分の本音(使用理論)への気づきを得る→改善する→新たな習慣を創る」プロセスにこそ、個人の成長や、ひいては組織文化の革新に繋がる可能性が生まれる。
代表的な例は、古典的な「安全第一(safety fast)」への経営方針の変革事例だ。

「安全第一(safety fast)」はアメリカで1900年代に生まれた、「安全を何よりも重要に考える」という意味の標語(スローガン)だ。この時代は現在とは違う社会環境であり、実は多くの工場で、「生産第一・品質第二・安全第三」が経営方針であり、かつ標語にもなっていたそうだ。しかし、この「生産第一!」という経営方針時には、労働災害や重大事故が現在よりも多発していたらしい。これに心を痛めたエルバート・ヘンリー・ ゲーリー氏(USスチールの社長)が、新たに「安全第一、品質第二、生産第三」と経営方針を抜本的に見直して実践に移したところ、労働災害が減少するだけではなく、結果的に品質・生産性も向上したという。そして、その後アメリカだけではなく、世界にこの標語が広がったと言われている。

このような成果が出たということは、単なるスローガン止まりではなく、「経営目的」を達成するために、本当に「安全を第一の判断基準にする」という改革に挑戦したのだろう。この事例にもみられるように、ほとんどの企業で安全の重要性を否定する人はいないが、それ以外の品質・納期・生産・コスト・学習・コミュニケーションなども重要な課題であり、これらの課題との優先準備づけで混乱している現場は数多く見られる。その結果が、重大事故や労働災害の発生につながってしまっているケースも多い。

そこで、本題である「安全文化定性診断のススメ」についてだが、実際のヒアリングでは以下のような場面が発生する。

例)
Q:「あなたは妥協することなく、安全基準を遵守し続ける」ということについて、1~5のどれですか?
Q:「4」ある程度できている、と回答した理由は何ですか?
Q:「安全基準の実践」と「納期の厳守」が対立した場合、どちらを優先していますか?
Q:「安全基準」と「納期」が対立して究極の選択を迫られた場合に、それを両立させた具体例はありますか?
といったヒアリングを行っていく。

上記はQ&AのA(アンサー)部分を割愛してあるが、これに対して回答してくださる皆様の反応は様々だ。理路整然とご自身の使用理論が形成された過去の原体験を語ってくださる人もいれば、自分自身で「よくできている」と回答したにもかかわらず、その具体例を質問すると全く話すことができず、言葉に詰まってしまう人もいる(このケースは、信奉理論で回答している可能性が高い)。

このような会話を通じて、現場やマネジメントにおける信奉理論と使用理論について「仮説→検証」を行い、その後「分析→改善の具体策を創出する」ことが定性診断インタビューのプロセスだ。その結果として、「安全第一」は実は信奉理論にすぎないものであり、使用理論は「生産性第一だった」「職場の交代勤務時の人間関係維持が第一の人もいた」ということがわかれば、マネジメントによる打ち手の方向性を変える必要も出てくるだろう。

また、このようなインタビュー実施後の意外な副次効果としては、「インタビューを受けた人が、質問されたことを現場で思いだして、自然と内省して行動を変えることができた」という実例もある。(「組織文化診断」での実例)

安全文化は信奉理論(建前)によって決定されるわけではない。実際の使用理論(本音)によって形成され、それが土壌となって事故や労働災害にも影響を及ぼしている。定量診断を実施している企業においては、「定性診断(インタビュー方式)」を車の両輪として、活用する検討をしてみてはいかがだろうか。