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「賢い失敗」から学ぶ組織 ― 心理的安全性がイノベーションを加速する

「うちの会社は失敗を許容する文化がある」。自分の組織について、このように語られることは少なくありません。しかし、その言葉が本当に実践されているでしょうか。

もちろん人や組織文化にもよりますが、多くの組織では失敗への向き合い方において、次のような2つの傾向が考えられます。一つは、「失敗を報告しづらい」と感じる従業員が多く、重大なミスほど隠蔽されてしまうこと。もう一つは、「何でも許される」雰囲気が蔓延し、基準が曖昧になった組織では、学習ではなく怠慢が生まれることです。

つまり、失敗を恐れすぎても、許容しすぎても、組織は機能しなくなる。これが多くの組織が直面しうる課題といえます。

ハーバード・ビジネス・スクールのエイミー・エドモンドソン教授は、著作『Right Kind of Wrong: The Science of Failing Well』(2023年。邦題『失敗できる組織』)において、失敗を一律に「良いもの」「悪いもの」と捉えることの危険性を指摘しました。すべての失敗を等しく扱うのではなく、失敗の「質」を見極めることこそが、学習する組織を築く第一歩だと説いています。

本コラムでは、エドモンドソン教授の失敗の3分類を紹介しながら、心理的安全性と高いパフォーマンス基準の両立がいかにイノベーションを加速するかを考察します。

失敗の3分類:すべての失敗は同じではない

エドモンドソン教授は、失敗を以下の3つのカテゴリーに分類しています (Edmondson, 2023)

1. 基本的失敗(Basic Failure)

■定義: 既知のプロセスにおいて、不注意や経験不足、あるいは手順の逸脱によって生じる失敗。
例>
・お釣りの計算ミス
・確認手順を飛ばしたことによるデータ入力エラー
・マニュアル通りに実施しなかったことで起きた品質不良

これらは予防可能な失敗であり、適切なトレーニング、チェックリスト、システム設計によって最小化すべきものです。この種の失敗が繰り返される組織は、基本的な業務プロセスに問題を抱えていると言えます。

2. 複雑な失敗(Complex Failure)

■定義: 複雑なシステムの中で、複数の要因が絡み合って生じる失敗。単一の原因を特定することが困難で、多くの場合、想定外の事象が重なって発生する。

<例>
・複数のシステムが連携する環境でのサービス障害
・医療現場における複合的な診断ミス
・大規模プロジェクトにおけるスケジュール遅延

これらの失敗は完全に防ぐことは難しいものの、リスク分散、冗長性の確保、早期警戒システムの構築によって被害を最小化することができます。重要なのは、失敗が起きた後に徹底した振り返りを行い、システム全体の改善につなげることです。

3. 賢い失敗(Intelligent Failure)

■定義: 進歩(科学、技術、私たちの生活を豊かにするような大小さまざまな発見)に欠かすことのできない「良い失敗」

<例>
・新製品の試作が市場に受け入れられなかった
・新しいビジネスモデルの実験が期待した成果を上げなかった
・革新的なプロセス改善の試みが想定外の課題を明らかにした


エドモンドソン教授が最も注目するのがこの「賢い失敗」です。その主張の核心は、イノベーションは賢い失敗の積み重ねからしか生まれない、ということです。

賢い失敗の条件として、以下の4点(プラス1)が挙げられています (Edmondson, 2023)

1) 新たな領域で発生している
2) 状況的に望ましい結果に近づく機会がありそう。
3) 既存の知識に基づいている(「仮説から導き出された」と言い換えできる)
4) 貴重な知見を得るのに必要最小限の規模である

上記に加えて、教訓を学習し、その後のステップに役立てることが挙げられています。

心理的安全性と高い基準の両立:学習ゾーンへの到達

「賢い失敗」の価値を文脈として理解していても、多くの組織では、「失敗への恐怖」「短期的な成果へのプレッシャー」「失敗の混同(予防可能なミスと、賞賛すべき実験を区別せず一律に扱うこと)」といった障壁があり、実践は容易ではありません。

ここで重要なのが、エドモンドソン教授が長年研究してきた「心理的安全性」の概念です。

心理的安全性とは、「対人関係のリスクを取っても安全だと信じられる環境」のことです(Edmondson, 1999)。具体的には、質問をしたり、失敗を報告したり、アイデアを提案したり、あるいは異論を唱えたりしても、それが原因で罰せられたり拒絶されたりすることはないと信じられる状態を指します。

重要な点として、心理的安全性は「居心地の良さ」や「仲良しクラブ」とは異なります。エドモンドソン教授は「心理的安全性は、率直であるということであり、建設的に反対したり気兼ねなく考えを交換し合ったりできるということ」であると明確に述べています(Edmondson,  2018)

4つのゾーン:心理的安全性と業績基準のマトリクス

エドモンドソン教授は、心理的安全性と業績基準という2つの軸で組織を4つのゾーンに分類しています (Edmondson, 2018)

イノベーションが生まれるのは「学習ゾーン」のみです (Edmondson, 2018)。心理的安全性だけが高くても基準が低ければ、居心地は良いが挑戦は生まれません。逆に、基準だけが高くて心理的安全性が低ければ、失敗を恐れて誰もリスクを取らなくなります。

「賢い失敗」を歓迎する組織をつくるために

では、組織はどのように学習ゾーンに到達し、「賢い失敗」を歓迎する文化を築けばよいのでしょうか。エドモンドソン教授は、著書の中でリーダーやチームが実践すべき具体的なアクションを提唱しています。そのエッセンスを整理すると、以下の4つが鍵となります。

1. 失敗の分類を共通言語にする

まず、エドモンドソン教授が強調するのは、組織全体で「基本的失敗」「複雑な失敗」「賢い失敗」の違いを共有し、共通言語にすることです。これにより、「この失敗はどのカテゴリーに属するのか」という建設的な議論が可能になります。

「基本的失敗」は削減すべき対象として改善策を講じ、「複雑な失敗」は振り返りを通じてシステム全体の学習に活かします。そして「賢い失敗」は、チーム全体で共有し、得られた知見を次の挑戦に活かす。このサイクルを明確にすることが大切です。

2. リーダーが自らの失敗を語る

心理的安全性を高めるために教授が推奨する最も効果的な行動の一つが、リーダー自身が自らの失敗経験を率直に語ることです。「私も過去にこんな挑戦をして、こんな失敗をした。でもそこから〇〇を学んだ」—こうした言葉が、部下に「失敗しても大丈夫だ」というシグナルを送ります。

3. 「実験」という言葉を使う

仕事の意味付け(フレーミング)を変えることも重要です。新しい取り組みを「プロジェクト」ではなく「実験」と呼ぶことで、失敗が許容される心理的余地が生まれます。実験には仮説があり、検証があり、学習があります。成功しなくても、仮説が棄却されたという学びが得られればそれは価値ある成果です。

4. 失敗報告を評価する仕組みをつくる

失敗を報告した人を評価し、感謝する仕組みも不可欠です。例えば、「今月の学び」として失敗事例を共有し、そこから得られた知見の質で表彰するなどの取り組みです。失敗を隠すインセンティブを減らし、共有するインセンティブを高めることが重要です。

「お役立ち道」への接続:失敗から価値を紡ぐ

私たちジェックが提唱する「お役立ち道」の視点から、「賢い失敗」の意義を捉え直してみましょう。

▶挑戦「賢い失敗」は、未知の領域に踏み出す挑戦の証です。失敗を恐れて現状に留まることは、お客様や社会への新たな価値創造の機会を逸することに他なりません。

▶協調失敗から学ぶには、オープンな対話と相互支援が不可欠です。個人が失敗を隠すのではなく、チームで共有し、協力して改善策を見出す。この協調のプロセスが、組織の知恵を深めます。

▶お役立ち「賢い失敗」を積み重ねることで、私たちはお客様にとって本当に価値あるものが何かを見極められるようになります。失敗は、より良い「お役立ち」への道標といえます。

結び:失敗を「資産」に変える組織へ

失敗を恐れる文化は組織を停滞させ、失敗を放任する文化は規律を失わせます。私たちに必要なのは、失敗の質を見極め、「賢い失敗」を歓迎しながらも、基本的な失敗は確実に減らしていくバランス感覚です。
エドモンドソン教授が私たちに問いかけているのは、こういうことではないでしょうか。

「あなたの組織は、失敗から学んでいますか? それとも、失敗を恐れて挑戦しなくなっていますか?」

心理的安全性と高いパフォーマンス基準の両立。これは簡単なことではありませんが、この「学習ゾーン」に到達した組織こそが、変化の激しい時代においてイノベーションを生み続けることができるのです。

まずは今週、あなたのチームで「最近の賢い失敗」を語り合う時間を設けてみてはいかがでしょうか。

※参考文献

Edmondson, A. C. (1999). Psychological safety and learning behavior in work teams. Administrative Science Quarterly, 44(2), 350-383.

Edmondson, A. C. (2018). The Fearless Organization: Creating Psychological Safety in the Workplace for Learning, Innovation, and Growth. Wiley.(邦訳:『恐れのない組織——「心理的安全性」が学習・イノベーション・成長をもたらす』英治出版, 20212月)

Edmondson, A. C. (2023). Right Kind of Wrong: The Science of Failing Well. Atria Books.(邦訳:『失敗できる組織——「心理的安全性」の実践』早川書房, 20252月)

株式会社ジェック 川田隆也
株式会社ジェック 川田隆也
マーケティング部所属。理念に基づく組織変革と人材開発の理論構築・実装を担当。持続可能な経営を支えるコンサルティング手法の開発と、その社内外への展開に注力している。複雑な時代だからこそ、人と組織の可能性を信じ、変化をともに創り出す姿勢を大切にしている。

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