catch-img

アンラーニングという適応力 ― AI時代に求められる学び直しと学び捨て

AIの進化は、私たちの働き方だけでなく、「自分らしさ」そのものを問い直しつつあります。単にスキルが通用しなくなるという話ではなく、長年かけて育ててきた「つくり出す喜び」という、人間の根本的な欲求が揺さぶられているのかもしれません。

経済学者のヴェブレンは、人間には単に効率を求めるだけでなく、有用なものをつくり出そうとする傾向があると考え、これを「製作本能(instinct of workmanship)」と呼びました(Veblen, 1914)。この考え方は、現代の心理学でいう「有能感」や「他者への貢献」といった内発的動機づけとも響き合うものとして捉えることができます。

しかし生成AIの普及は、圧倒的な利便性をもたらす一方で、私たちが時間をかけて磨いてきた専門スキルや、この「つくり出す喜び」の領域にまで入り込みつつあるといえるでしょう。これまで自分自身の力で生み出してきたという手応えが薄れていくような感覚は、単にスキルが通用しなくなるということにとどまらず、「自分の存在意義は何だろうか」という静かな問いを私たちに投げかけているようにも感じられます。

こうした状況の中で、近年の人材開発や組織学習の議論においても、既存の前提を問い直し、新たな環境に適応するための「アンラーニング(学び捨て)」の重要性が改めて注目されています。

それは単に古いスキルを捨てて新しい知識を詰め込むような、足し算や引き算の話ではないと考えられます。これまで自分の専門性だと信じてきた領域や「つくる喜び」が脅かされるということは、個人のアイデンティティの揺らぎを伴う、より深いプロセスだからです。

やり方から「お役立ち」の判断軸への自己再定義

この痛みを伴う適応を乗り越えるために、私たちが大切にしている「お役立ち道」という視点から考えてみたいと思います。

ビジネスにおいて、手段や技術としてのやり方や、提供する商品・サービスの内容は、時代やテクノロジーの進化とともに、かつての正解が通用しなくなっていくサイクルが早まっています。自身のアイデンティティを特定のやり方やスキルに過度に依存させていると、AI時代への適応が難しくなるかもしれません。

しかし、時代を超えて通用するものがあります。それは、顧客に誠実でありたい、品質に妥協せず社会に貢献したいという「お役立ち」の判断軸です。

これは、先に触れたヴェブレンの「製作本能」とも重なり合う、人間の根源的な志向といえるでしょう。過去の技術ややり方への執着を手放し、自らのアイデンティティをこの「お役立ち」の軸に根ざして再定義することが、AI時代における学び直しの確かな基盤になるのではないでしょうか。

自分と過去の成功体験を少し切り離して見る

とはいえ、長年培ってきた成功体験を手放すことは容易ではありません。私たちは無意識のうちに、「こういう時はこうするべきだ」という過去の経験に基づく前提に縛られがちです。

こうした前提から自由になる手がかりとして、心理学やリーダーシップ開発の分野で語られてきた「脱・同一化(disidentification」という考え方があります(Assagioli, 1965)。これは、「自分は経験や考えを持っているが、それ自体が自分そのものではない」と捉え、自分の思考や過去のやり方を少し距離を置いて観察してみるアプローチです。

このように自分と過去の成功体験を切り離して見つめることで、メタ認知が促され、自分を縛っていた思い込みに気づきやすくなります。その結果、変化をより柔軟に受け入れやすくなると考えられます。

未来からの意味づけとダブルループ学習

ただし、アンラーニングは単に過去を手放すだけでは完結しません。過去の経験に新しい意味を与え、再構成していくことがもう一つの重要な柱です。

成人にとって、これまでの経験は自分自身を形作ってきた大切なものです。だからこそ、自分は何のために存在し、未来にどうありたいかという「お役立ちのビジョン」を描くことが重要になります。

未来のビジョンを置くことで、過去に蓄積されたノウハウは新たな意味を持ち始めます。単に行動のやり方を修正するだけでなく、自分の前提や価値観そのものを問い直す「ダブルループ学習」(Argyris & Schön, 1978; Argyris, 1990)へとつながっていくのではないでしょうか。

未来を拓くための受容的な場づくり

アンラーニングとは、自分中心の過去のこだわりを解きほぐし、他者や社会との関係性を結び直していくプロセスです。このプロセスを通じて、私たちはAIによって揺らぎかけた「つくり出し、役に立ちたい」という根源的な欲求を改めて見出すことができるのかもしれません。

そして組織の役割も変化しています。個人に対して新しいスキルの習得だけを求めるのではなく、アイデンティティが揺らぐ不安を受け止め、安心して固定観念を手放せるような、心理的に安全で受容的な場を共に育んでいくことが求められています。

過去を手放す勇気ある適応力を通じて、技術と人間性が調和し、一人ひとりが持ち味を活かして役立ち合える未来を、皆さまと共に描いていければと願っています。

【参考文献】

Argyris, C. (1990), Overcoming Organizational Defenses: Facilitating Organizational Learning, Allyn & Bacon.

Argyris, C. & Schön, D. A. (1978), Organizational Learning: A Theory of Action Perspective, Addison-Wesley.

Assagioli, R. (1965), Psychosynthesis: A manual of principles and techniques, Hobbs, Dorman & Company.

Veblen, T. (1914), The Instinct of Workmanship and the State of the Industrial Arts, Macmillan.

株式会社ジェック 川田隆也
株式会社ジェック 川田隆也
マーケティング部所属。理念に基づく組織変革と人材開発の理論構築・実装を担当。持続可能な経営を支えるコンサルティング手法の開発と、その社内外への展開に注力している。複雑な時代だからこそ、人と組織の可能性を信じ、変化をともに創り出す姿勢を大切にしている。

CONTACT

経営変革・人材開発・組織開発にお悩みなら
お気軽にご相談ください

お客様の関心の高いテーマに
関連した情報を定期的に配信

ジェックのお役立ち資料は
こちらから

ご不明な点はお気軽に
お問い合わせください

サービス資料

SERVICE MATERIALS

ジェックのサービス資料はこちら

メルマガ登録


人気記事ランキング


タグ一覧

サイトコンテンツ

関連コンテンツ

〒170-6020
東京都豊島区東池袋3丁目1-1 サンシャイン60ビル20階
TEL:03-3986-6365(代表)

プラバシーマーク
ページトップへ戻る