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共創の知と継続学習 ― 変化の時代に求められる学び合いの力

「日々新しい情報や技術が生まれ、いくら学んでも追いつけない」。現代のビジネスパーソンの多くが、こうした焦燥感を抱えているのではないでしょうか。

ある試算によれば、世界で1日に生成されるデジタルデータの量は約400エクサバイト——1エクサバイトは10億ギガバイトに相当——以上に達するとも言われます(Exploding Topics, 2025; 原データ: Statista)。この情報の爆発と環境の複雑化の波の中で、もはや「個人の努力」や「自発的な自己啓発」だけで日々の課題を解決することは不可能です。

歴史を振り返ると、興味深い逸話があります。1727年、弱冠21歳のベンジャミン・フランクリンは、フィラデルフィアで「Junto(ジュント)」と呼ばれる会員制の相互向上クラブを創設しました。印刷工、測量士、家具職人、ガラス職人など多様な職業の約12名のメンバーが集い、毎週金曜日の夜に道徳、政治、自然哲学、そして実務上の課題について議論を交わしました。注目すべきは、このクラブが単なる親睦会にとどまらなかったことです。Juntoは、アメリカ最初期の会員制貸出図書館(Library Company of Philadelphia)、アメリカ哲学協会(American Philosophical Society)、さらにはペンシルベニア大学の前身となる組織の設立へとつながりました(National Humanities Center, 2008; Encyclopedia of Greater Philadelphia, 2022)。

フランクリンは、個人の知識には限界があること、そして多様な視点を掛け合わせることで初めて真の知恵(集合知)が生まれることを、300年前から理解していたのです。

昨年開催された人材開発の世界最大級のカンファレンス「ATD25」(202551821日、ワシントンD.C.)における中核テーマも、「Collective Insights. Lifelong Learning.(集合知と継続学習)」でした(ATD, 2025)。基調講演にはエイミー・C・エドモンドソン教授(心理的安全性研究の第一人者、Day 2キーノート)やセス・ゴーディン氏(クロージングキーノート)が名を連ね、「共に学ぶ」ことの重要性が世界規模で再確認されました。いま、歴史は回り一周して、私たちは再び「共に学ぶことの大切さ」に回帰しようとしています。

本コラムでは、なぜ今「学習コミュニティ」がこれまで以上に重要なのか、そして組織内に「学び合い」の力を根付かせるためには何が必要なのかを考察します。

理論・概念:実践コミュニティ(CoP)と知識創造の「場」

組織における学び合いを学術的に説明する上で、二つの重要な理論体系があります。

実践コミュニティ(CoP):学習は「参加」である

一つ目は、人類学者ジーン・レイヴと学習理論家エティエンヌ・ウェンガーが提唱した「実践コミュニティ(CoPCommunity of Practice)」です(Lave & Wenger, 1991; Wenger, 1998)。CoPとは、「あるテーマに関する関心や問題、熱意などを共有し、その分野の知識や技能を持続的な相互作用を通じて深めていく人々の集まり」と定義されます(Wenger, McDermott, & Snyder, 2002)。

彼らの重要な洞察は、学習とは教室の中で知識を「獲得」することではなく、実践を中心に結びついているコミュニティへ「参加」する過程そのものだ、という発見でした。新参者は最初、周辺的な役割から参加し(正統的周辺参加:Legitimate Peripheral Participation)、実践を通じて徐々に中心的な役割へとアイデンティティを変容させていきます。

従来の企業内教育では、講師から受講者への「知識の伝達(一方通行)」が中心に据えられがちでした。しかしCoPの考え方では、学習は「人々が共通の目的に向かって協働する社会的なプロセスのなか(相互作用)」で自然発生的に起きるものと考えます。

知識創造理論(SECI)と「場(Ba)」:暗黙知が組織知に変わる瞬間

二つ目は、経営学者・野中郁次郎氏らが提唱した知識創造理論です。野中氏のSECIモデルでは、個人の内面にある言語化しにくい経験知(暗黙知)が、対面のやりとりを通じて他者と共有され(共同化:Socialization)、対話の中で言葉やコンセプトとして表現され(表出化:Externalization)、組織の知識として体系化され(連結化:Combination)、そして再び個人が実践で体得する(内面化:Internalization――このスパイラルが、組織のイノベーションの源泉になると説きます。

この知識創造を可能にする「器」が、野中氏が「場(Ba)」と呼ぶ概念です。著書『知識創造企業』において、暗黙知の共有には「個人が直接対話を通じて相互に作用し合う「場」が必要である。体験を共有し、身体的・精神的なリズムを一致させるのが、この「場」なのだ」と記されています(Nonaka & Takeuchi, 1995/2020, pp. 145-146)。すなわち「場」とは単なる物理的な空間ではなく、人と人との間に生まれる関係性や文脈そのもののことです(Nonaka & Konno, 1998)。雑談スペースでの何気ない対話も、部署を超えて集まったプロジェクトチームでの真剣な議論も、すべてが知識創造の「場」になり得ます。

なぜ「個」ではなく「コミュニティ」なのか

変化のシグナルは、常に現場の最前線から生まれます。マニュアル化された「正解」が上から降りてくるのを待つだけでは、複雑化する社会において持続的な価値を創造し続けることはできません。現場で直面している課題、上手くいった小さな工夫、あるいは失敗のプロセスを日常的に共有し合うことが必要です。

このピアラーニング(仲間同士の学び合い)のネットワークこそが、リアルタイムに更新される「実用的な知識」となり、組織全体の適応力を高めるのです。教育学者ブラウンらが示した「学習者共同体(Community of Learners)」の原理でも(Brown & Campione, 1994)、他者を自分の学びの協力者とみなし、互いに多様な知見を持ち寄りながら、お互いの役に立つように知識を共有することが、個人の頭の中だけで完結する学習を超えた「相乗効果」をもたらすとされています。

L&Dの役割の変化:プロバイダーからキュレーターへ

では、組織の中にこのような「学び合いの力」を根付かせるにはどうすればよいのでしょうか。ここで求められるのが、人事や人材開発部門(L&D)、あるいは現場のマネジャーたちの役割の質的転換です。

これからのL&Dには、研修プログラムを企画・提供する「プロバイダー(提供者)」としての役割に加え、組織内の知や経験をつなぎ合わせる「キュレーター(編集者)」、あるいは学習コミュニティを育む「伴走者」としての役割が期待されています。

具体的な実践アプローチとして、次の3点が挙げられます。

1. 「余白」と「場」の意図的なデザイン

学び合いは、業務の隙間にある非公式な雑談から生まれることが少なくありません。野中郁次郎氏の言葉を借りれば、「創発場(Originating Ba)」(経験、想いなどの暗黙知を共有する場)を意図的に設計することです(野中・紺野, 1999, p. 170)。ハイブリッドワークが普及した今、意図的に「成果を求められない対話の場」を設計することが重要です。部署を横断して特定のテーマで集まる社内分科会や、月1回の「失敗共有・知恵出しランチ」など、心理的ハードルの低い実験の場を提供します。ここで大切なのは、エドモンドソン教授が提唱する「心理的安全性」。すなわち、失敗やリスクを許容できるチームの土壌があってこそ、メンバーは安心して暗黙知を共有し、実践から学ぶことができます。

2. 暗黙知のネットワーク化(トランザクティブ・メモリー)

情報爆発の時代において、組織の知力を左右するのは「全員がすべてを知る」ことではなく、「誰が何を知っているか(Who knows what)」という「組織内にあるナレッジの分布」に関する知の共有です。社会心理学者ダニエル・ウェグナーが提唱し、入山章栄教授が『世界標準の経営理論』で改めてその重要性を説いた「トランザクティブ・メモリー・システム(TMS)」は、現代の組織学習において不可欠な概念です(Wegner, 1987; 入山, 2019)。

一人が全てを記憶する必要はなく、「あのプロジェクトで壁にぶつかった時は、隣の部署の〇〇さんに聞けばいい」——このような専門知識へのアクセス経路を組織的に構築することが鍵です。

組織内の知のアクセス経路を網の目のように繋ぎ合わせた暗黙知のネットワーク化こそが、個人の認知の限界を突破し、変化に即応する「集団としての知性」を駆動させます。

3. ピアラーニング文化の承認と「集団規準」の書き換え

同僚からの「あの時教えてもらって助かった」「そのアイデア、私たちのチームでも実践してみたよ」というフィードバックは、継続学習の強力な動機付けになります。

ここで重要なのは、一部の優秀層だけが実践している状態を脱し、組織全体の「集団規準」(集団に根づいている当たり前ライン)を書き換えることです。「互いに教え合うのが当たり前」「未完成のアイデアでも共有してよい」という規範が浸透し、過半数のメンバーが実践・評価する仕組みに組み込まれてこそ、学び合いの文化は定着します。組織として、互いに教え合う行動やそのプロセス自体を評価するピアラーニングの文化を称賛する仕組みを取り入れることが不可欠です。

「お役立ち道」への接続:共に創る知が社会を開く

私たちが提唱する「お役立ち道」のパラダイムにおいても、「共創の知」は極めて重要な意味を持ちます。お役立ち道とは、お役立ちの精神と技量を究め続けること。いわば「プロが歩む道」のことです。

そして、イノベーションに不可欠な「挑戦」「協調」「お役立ち」の3つの価値観と行動様式で表す組織文化を「集団性格」と呼んでいます。この3つの集団性格と、本コラムで論じてきた「共創の知」は、以下のように深く結びついています。

■挑戦:情報が複雑化する現代において、一人で完璧な答えを出そうとするのはリスクです。自分の「無知」を認め、他者の知恵を借りに出向くこと。未完成なアイデアを恐れずにコミュニティに投げ込むこと自体が、現代における高度な「挑戦」です。知識創造理論でいう「共同化」の出発点とは、まさにこの「共感を通じた暗黙知の共有」にあります。

■協調:知識を「自分だけの武器」として囲い込むのではなく、「共有の財産」として惜しみなく提供する。それは単なる情報の受け渡しではなく、対話の中で互いのアイデアをぶつけ合い、化学反応を起こす「共創」のプロセスです。このプロセスを通じて、単なる仲良しクラブではない、深い信頼関係という名の「協調」が育まれます。

■お役立ち:そうして織りなされた組織の「集合知」は、個人の足し算を超えた相乗効果を生み出します。野中氏の知識創造理論に基づけば、「組織の知恵を引き出せばより大きな成果が出せる」という考え方を、メンバーの一人ひとりが内面化している組織こそ、真に強い組織です。その力をもってはじめて、複雑化する顧客の課題を解決し、社会に対してより本質的でスケールの大きな「お役立ち」を果たすことができるのではないでしょうか。

結び:あなたは誰と共に学んでいますか?

「早く行きたければ一人で進め、遠くまで行きたければ皆で進め」というアフリカのことわざとして知られる言葉があります。

しかし、道なき道を進む現代においては、「早く行く」ためにも、「遠くまで行く」ためにも、皆で知恵を出し合いながら進むほかに道はありません。

日々の業務そのものを「学び合いの場」に変えていく。そこでは、上司と部下、教える側と教わる側といった固定的な役割は溶け、すべての人員が互いの経験から学び合う「パラレルな共創のパートナー」となります。この姿はまさに、ドナルド・ショーンが「反省的実践家(Reflective Practitioner)」(Schön, 1983)と呼んだ、日々の業務の中で自らの思考プロセスや行動を常に振り返り、状況に応じて自己を成長させ続けるプロフェッショナルの在り方と重なります。

あなたの組織には、ベンジャミン・フランクリンの「Junto」のような、熱を帯びた学び合いのコミュニティが存在しているでしょうか。

個人の「学び直し」を超えて、組織の「学び合い」をどうデザインするか。これが、次世代のイノベーションと組織のレジリエンスを決定づける最重要課題と言えるでしょう。

※参考文献

ATD (Association for Talent Development). (2025). ATD25 International Conference & EXPO Theme and Tracks. https://www.td.org/atd25

Brown, A. L., & Campione, J. C. (1994). Guided discovery in a community of learners. In K. McGilly (Ed.), Classroom Lessons: Integrating Cognitive Theory and Classroom Practice. MIT Press.

Edmondson, A. C. (1999). Psychological safety and learning behavior in work teams. Administrative Science Quarterly, 44, 350–383. https://doi.org/10.2307/2666999

Encyclopedia of Greater Philadelphia. (2022). Junto. https://philadelphiaencyclopedia.org/essays/junto/

Exploding Topics. (2025). Amount of Data Created Daily. https://explodingtopics.com/blog/data-generated-per-day

Lave, J., & Wenger, E. (1991). Situated Learning: Legitimate Peripheral Participation. Cambridge University Press. (邦訳: 『状況に埋め込まれた学習: 正統的周辺参加』産業図書, 1993)

National Humanities Center. (2008). Benjamin Franklin's Junto Club and Lending Library of Philadelphia. https://nationalhumanitiescenter.org/pds/becomingamer/ideas/text4/juntolibrary.pdf

Nonaka, I., & Konno, N. (1998). The concept of "Ba": Building a foundation for knowledge creation. California Management Review, 40(3), 40–54.

野中郁次郎・紺野登 (1999).『知識経営のすすめ——ナレッジマネジメントとその時代』筑摩書房.

Nonaka, I., & Takeuchi, H. (2020). 知識創造企業(新装版) (梅本勝博 訳). 東洋経済新報社. (原著出版年 1995)

Schön, D. A. (1983). The Reflective Practitioner: How Professionals Think in Action. Basic Books.

Statista. (2025). Volume of data/information created, captured, copied, and consumed worldwide from 2010 to 2029. https://www.statista.com/statistics/871513/worldwide-data-created/

入山章栄 (2019).『世界標準の経営理論』ダイヤモンド社.

Wegner, D. M. (1987). Transactive memory: A contemporary analysis of the group mind. In B. Mullen & G. R. Goethals (Eds.), Theories of Group Behavior (pp. 185–208). Springer-Verlag.

Wenger, E. (1998). Communities of practice: Learning, meaning, and identity. Cambridge University Press.

Wenger, E., McDermott, R. A., & Snyder, W. (2002). Cultivating communities of practice: A guide to managing knowledge. Harvard Business School Press. (
邦訳: 『コミュニティ・オブ・プラクティス: ナレッジ社会の新たな知識形態の実践』櫻井祐子 訳, 翔泳社, 2002)

株式会社ジェック 川田隆也
株式会社ジェック 川田隆也
マーケティング部所属。理念に基づく組織変革と人材開発の理論構築・実装を担当。持続可能な経営を支えるコンサルティング手法の開発と、その社内外への展開に注力している。複雑な時代だからこそ、人と組織の可能性を信じ、変化をともに創り出す姿勢を大切にしている。

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