歴史を動かす行動理論

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歴史を動かす行動理論 石田三成(いしだみつなり)  私心なき官僚……私心を捨て他へ尽くせ

行動理論-それは、人の行動を方向づけているその人なりの信念のこと。 我々は、仕事をしている中で、常に自分なりに行動を選択している。 その選択が、正しいこともあれば、失敗することもある。

歴史上の人物もまたしかり。

その時々の行動の選択で、歴史が大きく動いてきた。

何を考え、どう判断し、どのような行動を選択したのか。 戦国時代や幕末の偉人たちの行動理論をひも解いてみよう。現代の我々に共通するものが見つかるかもしれない。



目次[非表示]

  1. 1.私心なき官僚
  2. 2.忠臣「石田三成」
  3. 3.武人「石田三成」



私心なき官僚


三成に限ったことではないが、歴史上の人物には、相反する風評がある場合が多い。

三成の場合、その一つは「秀吉の威を借りた横暴・陰険な小役人」というもの。

もう一方は「二君にまみえない類まれな忠臣。 卓越した処理能力を持った優れた官僚」というものである。

「三成は類まれなる優秀な官僚であった」と仮定して、彼の行動理論を推察してみたい。

「優れた官僚」に求められるのは、 見返りを求めない「無私の奉仕の精神」と、成果を出すまで着実に歩みを止めない地道な努力を支える「執念」である。それが成果を出すため の知恵と行動を生み出す。


 三成の行動理論は、まさに優れた官僚の持つそれであった。

それは、「自分は公器である(観)。故に社会への奉仕のみに全力を注ぐことで (因)己の使命を果たすことができる (果)。私心を捨て他へ尽くせ」というものである


忠臣「石田三成」


三成が残した言葉で、「奉公人は主君より取物を残すべからず。残す盗也。つかい過して借銭するは愚人也」というものがある。これは「主君から頂戴したものは、私財ではなく事を為すための資本である(観)。 故に政のために使うことが(因)、理にかなっている(果)。算段を立てて上手に運用せよ」という行動理論を表しているのではないか。


秀吉は「三成は諌に付いては、我が気色取らず。諸事有る姿を好みし者なり」と評価し、三成を登用したともいわれている。三成の言動は、「たとえ主君に対してさえも意見を述べる際は堂々と述べ、おべっかなどは言わない。厳格に規律を守る」ものだったのである。


また有名な太閤検地は、三成が考案した「検地尺」がなければ実現しなかった。「測定単位の統一という、今にしてみれば当たり前になっていることも、三成の頭から生まれたアイデアである。


秀吉が信長の後を継いで天下を平定するまでの戦乱期、三成が果たした軍務上最大の功績は「兵站」(へいたん)である。物資の配給や整備、兵員の衛生、施設の構築や維持など、今で言うロジスティックスである。戦において最も重要なことは、前線が戦い続けられる状況を整えることである。三成はその能力に長けていた。彼自身は「勇猛果敢な武人」ではなかったが、三成のロジスティックスが、秀吉の天下平定を支えたのである。



武人「石田三成」


三成の行動理論は、政治家でも武人でもなく、優れた官僚のものであった。故に、秀吉という優れた政治家的武人の下では存分にその行動理論と才が発揮できたのであろう。

しかし、戦国という時代がそれを許さなかった。秀吉の死とともに、彼は「武人として」動かざるを得ない状況になったのである。

しかしそうさせたのもまた、「主君に対する忠誠=優れた官僚」の行動理論であろう。


天下分け目の戦いの後、近江国(滋賀県)のとある村にある院を頼ったが、住職から「何が所望か」と問われて、「家康の首が欲しい」と答えたそうである。

さらには処刑直前の三成に家康が小袖を与えた際、「上様(家康)からのものである」と聞いた彼は、「上様といえば秀頼公より他にない。いつから家康が上様になったのか」と、受け取らなかったと常山紀談に残されている。

三成は、自分が主君と信じた「秀吉の血を引くもの」への忠誠、無私の精神を死の瞬間まで失わなかった。


なぜ秀吉であったのか?  忠誠を尽くす対象は家康ではいけなかったのか?

その答えは三成の原体験にある。秀吉が巧みな政経によって、わずか三年で長浜を活性化させた姿を目の当たりにしたのである。この原体験が、秀吉こそ忠誠を尽くす相手であるという信念を生み出した。「秀吉に忠誠を尽くすことが、公器としての自分の使命を果たすことになる」と。そして秀吉の死後、「自分が秀吉の意志を継がなければ、世がまた戦乱へと逆戻りしてしまう」と。


三成のすべての行動は、「優れた官僚たる行動理論」から生まれている。「官僚の立場」であったならば、彼は名声のみを残したであろう。しかし「武人の立場」になったが故に、悪名が残らざるを得なかった。


まさに、行動理論が歴史を創るのである。

優れた官僚たるもう一つの要素、地道な努力を支える「執念」を示すエピソードがある。

処刑直前、喉が乾いた三成は警護の者に水を頼んだが、水はなく、代わりに柿を勧められた。「柿は痰の毒であるのでいらない」と答えた三成に、警護の者は「すぐに首を切られる者が毒を避けて何になるのか」と尋ねた。返答は「大志を持つ者は、最期の瞬間まで命を惜しむものだ」というものであったという(明良洪範)。


このあたりにも、「何が何でも結果を出す」という、有能な官僚の行動理論が伺える。




                                 (おわり)




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越膳 哲哉

越膳 哲哉

株式会社ジェック 越膳 哲哉 慶応義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科 非常勤講師 座右の銘:もっともだの雰囲気づくり、かたよらない・こだわらない・とらわれない

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